Story Vol.14 オフィス、店舗も新時代へ
精鋭営業が語るポストコロナのオフィス賃貸市場

新型コロナウイルスが働き方を変えつつあると言われる現在(2021年7月)、その影響はオフィス、店舗にも及びつつあります。在宅勤務、リモートワークの増加でこれからのオフィスのあり方を検討している企業は少なくありませんし、すでに縮小、解約、移転へと舵を切った会社もあります。その一方で2023年以降の竣工に向けて大型開発は着々と進んでいます。大量の新築オフィスが供給されるのです。

さらに気になるのは、インバウンドはもちろん、日本人の姿も減ってしまった街。苦境に陥っている店舗、業種もある一方で光明を見出しつつある事業者も。そうした現在起こりつつある変化を踏まえ、これからのオフィス、店舗の選び方、考え方を第一線で現場を知る社員たちに聞きました。

ビル営業部 稲村和太(左) 松山新伍(右)

ビル営業部 稲村和太(左) 松山新伍(右)

在宅勤務、リモートワークの進展でオフィスの利用が激減、これからのオフィスをどうするか、さまざまな動きが見られるようになっているそうですが、実際の動きを教えてください。

首都圏ではIT系、金融系、外資系などのオフィスが多い港区、渋谷区を中心にオフィスの利用率が落ち、それに対応してオフィスの縮小、解約、移転など様々な動きが出始めています。

たとえば、もっとも動きの目立つIT系企業では株式会社ディー・エヌ・エーが2021年8月に渋谷の本社を同じ渋谷のコワーキングスペースに移転、新たに横浜に拠点を設ける予定と発表しました。同社はリモートワークの進展で2021年3月時点の平均出社率が6%以下になっており、それが移転に繋がりました。ヤフー株式会社もオフィスを8割削減する予定ですし、それ以外の業種では富士通がテレワーク中心の新しい働き方を導入、国内のオフィスを2023年3月までに半減すると発表し、話題になりました。

2021年8月、株式会社ディー・エヌ・エーは、渋谷ヒカリエ(写真中央)から本社をWeWork渋谷スクランブルスクエア(写真中央右)に移転する

2021年8月、株式会社ディー・エヌ・エーは、渋谷ヒカリエ(写真中央)から本社をWeWork渋谷スクランブルスクエア(写真中央右)に移転する

ベンチャーから始まったIT系企業の決断の速さは予測できる話ですが、富士通のような大企業がわずか1年半でこれだけ大きな決断をするのは近来なかったこと。大企業の移転は内部、外部に向けての準備が必要で1~2年以上はかかります。それをこれだけの短期間で決定、発表したのは社会の変化がスピードアップしているからでしょう。

また、現時点で縮小、移転などには至っていないものの、オフィスのこれからを考えている企業は多く、私たちはよく他社の動向について質問されます。定期借家契約で借りているため、解約したくとも今はできないという企業も多いことを考えると、実際の動きはおそらく、これから加速していくはずです。

この時期のオフィス移転で考えるべき点、大事なことはなんでしょう。

これまでは業績が好調あるいは不調だから、人員が増えたからという実用的な要因から移転を検討する企業も多かったと思います。しかし、今は社会が変わりつつある時期。移転を働き方や経営方針その他を変えるチャンスと考え、戦略的な移転をすることが大事でしょう。それにあたり、3つ、考えておきたい点があります。

一つ目は仕事の質を高めるという点です。通勤時間、商談に赴く時間、費用が減り、働き方も在宅勤務、リモートワーク、オンライン会議などと変化しています。そうした変化を踏まえて、新しいオフィスが仕事の効率アップ、質の向上に寄与する場になるかどうか、冷静に考えたいところです。

二つ目はコスト面。オフィス面積が半分になればその分の固定費は減りますし、通勤しなくなれば通勤費も不要。実際、通勤費を実費精算にする企業も出始めています。そうやって省いたコストを次にどこにどうやって投資するか。ただ単にコストカットするというだけではない考え方が求められます。

三つ目はBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)対策としての移転という点。これまでBCP対策の対象は天災でしたが、これからは感染症も含めて考える必要があります。その時に社員が安心して働く場としてどんなオフィスがふさわしいのか。面積を落としてもビルのグレードを上げるという考え方もありますし、分散して働く、逆に集積するという考え方もあり得ます。業種や規模、働き方、方針でやり方はそれぞれ。自社にあった働き方、オフィスの構え方を考えていくべきでしょう。

解約などの動きを受けて、オフィス市場にも変化が出ているのではないでしょうか。

空室率が上昇しています。日経新聞の発表の統計によると2021年6月の都心五区の空室率は6.19%。外資系が多い港区はさらに高く、8.05%でIT系企業の多い渋谷区では6.68%。近年でもっとも低かった2020年2月の1.49%に比べると大幅に上昇しています。一般に需要と供給は5%が一致ラインとされており、現状は空室が供給を上回る状況にあります。

さらに2023年以降にはオフィスの大量供給が予定されていると聞いています。

2023年には虎ノ門ヒルズステーションタワー、虎ノ門・麻布台地区再開発事業など大量の新築オフィスの供給が予定されていますし、それ以降も八重洲や品川など都心部での超高層ビルの建設が続きます。

虎ノ門ヒルズステーションタワー予定地

虎ノ門ヒルズステーションタワー予定地

虎ノ門・麻布台地区再開発事業予定地

虎ノ門・麻布台地区再開発事業予定地

過去にも二度、オフィスの空室率が上がった時期があります。1回目は2003年、六本木ヒルズを筆頭に大量の新築オフィスが供給された時期です。次はリーマンショック時ですが、いずれの時期も短期間で今回ほど空室率は上がっていません。また、2023年の供給数は2003年を上回る数になるはず。となると今後、空室率がさらに上昇、来年には10%を超える可能性もあるかもしれません。

ビルオーナーとしては入居者が決まるか、心配なところでしょう。

最近の新築ビルは大型化しており、借りるためには与信力が問われます。設立1年目やスタートアップ企業には1フロアだけでも借りるのは難しい。そこで1フロアを分割してそうした企業でも借りられるようにするなど、オーナー側も柔軟な貸し方を模索しています。

逆に付加価値を付けて選ばれるようにするという手を考える例もあります。最近のオフィスの考え方にはリスク軽減のために分散する、一度分散してみたものの効率やコミュニケーションを考えて再度集中する、分散と集中を同時に行うという3つのパターンがありますが、集中によるメリットを打ち出せればそれが付加価値になります。企業のニーズに合わせてオフィスの使い勝手も変化しているわけです。

店舗にも大きな変化があると聞きました。

1年前に比べると減額申入れではなく、解約が増えています。表参道や銀座の一等地でも空き物件が出ているほどですが、逆に意欲的に出店している業種もあります。一例が美容系のクリニックです。マスクをしている間に歯を矯正したり、マスクで荒れた肌のお手入れをしたいなどのニーズが高まっているのです。

飲食では大規模店、チェーン店、大衆的な店舗や接待の無くなったオフィス街の店舗等は厳しい状況に置かれていますが、人気シェフが個人プラスαの規模で経営している客単価の高い店舗は出店意欲があり、青山、西麻布で20坪くらいなどという要望を頂いています。また、換気が良いと思われているためか、焼き肉店も伸びていると聞きます。

教室系では大人の、自ら学ぶ人を対象にしている企業ではオンラインに移行していますが、子ども対象の教室ではやはり対面でないと難しいとのことで、客層によってリアル、オンラインのどちらが良いかが分かれはじめているようです。

また、出社する人が少なくなり、スーツが必要とされる場面が減ったことから紳士服も厳しい状況です。同様にビジネスニーズに対応していた品については今後、紳士服ほどではないにしても、縮小していく可能性があります。

この時期でも意欲的に出店する例もあるのですね。

店舗は場所が命です。特に1階であれば視認性が高く、成功の可能性が高まります。今の時期でなければ空かなかったような都心人気エリアの一等地の店舗が空いている、条件的にも有利に借りられるなら抑えておきたいと考える人もおり、動く物件は動いています。

オフィスも店舗も変動の時期であることが分かりました。そんな時期に移転を考える場合に大事なことはなんでしょうか。

非常に大きなポイントは、誰と探すかということです。その理由として3つの点が挙げられます。ひとつはこれからのオフィス、店舗は単に数字だけでは選べないということ。立地、広さ、予算だけでマッチしたオフィスが自社に最適とは限りません。従業員の数、必要とする席の数から今後の経営方針、働き方の目指すものその他、考慮すべきことは多々あり、不動産会社にそれにふさわしい物件を提案する力があるかどうかで結果は大きく変わります。必要に応じて相談できる、コンサルティング能力、提案力のある会社と組むほうが有利なはずです。

また、オフィスの場合、多くは募集の際に賃料は明記されていません。オフィスは住宅と違い、築年数に賃料が影響されないため、入居時期で賃料が異なることもありますし、業種や人数その他で変動することもあります。そのため、賃料その他の条件は要相談となっている物件が大半で、良い条件を引き出す交渉は不動産会社の営業マンの腕の見せどころでもあり、交渉次第では100万円単位の差が出る場合もあることを考えると誰が交渉に当たっても良いというわけにはいきません。

もうひとつは情報量です。賃料が明記されていないのと同様、住宅と違い、オフィスは情報自体が全体に公開されているわけではありません。そのため、その会社にどれだけの情報収集能力があるかがポイントとなります。

当社の場合、大手事業者、デベロッパーと毎月情報交換を行っており、加えて運営管理を行っているビルも200棟ほどあります。さらに他社と違う強みは、住宅を通じて多数の個人オーナーとの付き合いがあることです。大規模から中小規模まで多数のオフィスについての情報が日々更新されており、最新の情報に基づいた物件探しが可能になります。

先行きの見えない時代のオフィス探しに不安を覚える企業もあるでしょうが、これからのオフィス市場はしばらくの間、借り手に有利な状況が続きます。この時期に自社のオフィスを再検討、仕事の効率アップはもちろん、リクルーティングや取引により効果のあるオフィスに移転することはアフターコロナの時代に役立つはず。検討の価値はあるのではないでしょうか。

【文・構成】中川 寛子 HIROKO NAKAGAWA

東京情報堂代表。街選びのプロとして首都圏のほとんどの街を踏破した、住まいと街の解説者。早稲田大学教育学部で地理・歴史を学び、卒業後は東洋経済、ホームプレス、東京人その他の紙、ウェブ媒体で編集者、ライターとして記事、書籍等を手がけており、主な著書に「この街に住んではいけない」(マガジンハウス)、「解決!空き家問題」「東京格差」(ちくま新書)その他著書、かかわった本多数。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会会員。宅地建物取引士、行政書士有資格者。

掲載中の物件名・プロジェクト名・駅名・社員の所属などの情報は2021年8月現在のものです。