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平安時代に弘法大師によって開山されたと伝えられる古刹・麻布山善福寺の門前町として栄えてきた麻布十番は都心らしいセンスの良さと下町らしい親しみやすさを兼ね備えた、不思議な魅力のある街。その麻布十番の、善福寺にもほど近い雑色通りの角地にひときわ目立つ外観の建物が誕生しました。その名は「The Juban」。この地の名を冠した堂々とした12階建ての賃貸住宅です。この建物が生まれるまで、そして目指すものについてオーナー、設計を担当した大成建設株式会社の横山恭太氏、ケン・コーポレーション企画部の西川淳氏に伺いました。
The Jubanの開発計画が立ち上がったのは平成から令和に変わろうとする時期。所有者は現在のThe Jubanの所有者の先代。大正時代に上京し、経営者として成功した祖父から相続したものだったそうです。
「土地は会社所有になっていましたが、建物は父の個人所有。私は平成11年に入社以来、ずっと毎月月末には家賃を受け取りに通っており、祖父から継承した土地の有効利用はずっと課題となっていました」とオーナー。
商店街として発展してきた麻布十番ではまとまった広さの区画は少なく、この敷地についてはさまざまな活用方法が考えられました。
「当初はオフィス、店舗、ホテルなども検討していました。近隣で社宅として利用されている建物を管理している関係から、もう1棟社宅として借りられないかという要望も聴きました。いろいろな声を慎重に検討した結果、ニーズから住宅だろうと考えるに至ったのですが、同時に街で非常に目立つ角地であることを考えると、麻布十番に貢献するような建物にしなくてはならないと思うようになりました」。
というのは都心の歴史ある街であるにも関わらず、パチンコ店やコンビニエンスストア、ホテルが増え、郊外のよくある駅前同様になってしまった街を見てきたためです。
「まちのこれからを考える人がおらず、それぞれが目先の収益だけで考えて土地や店舗を活用してきた結果、その街自体が廃れ、景気が落ち込んでいる例があります。そうならないためにはこの街にふさわしい、長く価値を維持、向上させる建物を作らなくてはいけないと考えたのです」。
事業パートナーを選ぶにあたってはコンペを実施。半日以上をかけ、10社からのプレゼンテーションを聞いた結果、多数決で選ばれたのは大成建設とケン・コーポレーションによる提案でした。
「デザイン、外観がまず目を惹きました。ちょうど木を使った建築物が注目されだした時期でもあり、コンクリート、木にガラスという取り合わせが新鮮で、麻布十番にふさわしいと感じたのです。他の提案にはないわくわく感、将来への期待なども感じました。率直なところ、コンペに参加した企業の中で見積額はもっとも高かったのですが、30年後にも選ばれ続ける、子孫に継承できる良い建物が作れるなら、その金額をかける意味はあると考えました」(オーナー)。
オーナーは大成建設には以前、他の物件の耐震改修を依頼しており、その時の細かい作業を誠実に積み重ねる仕事ぶりもプラスに働いたといいます。
「その時は2社にプレゼンしてもらったのですが、もう1社がテナントに退去してもらわないと改修できないというのに対し、大成建設さんの提案は営業しながらの改修。細かく段取りを組まないとできない、面倒な作業だったと思いますが、貸主である私たちの立場を考えた提案、工事が印象に残っていました」。
現地を訪れてみると、なんといっても印象的なのはオーナーが魅了されたという外観です。黒い外壁、住戸ごとの隔て壁に「黒」と一言では言えない微妙な色合いのガラスの手すりが空に伸び上がるように見え、風格がありながら同時に実にすっきりとした佇まい。ぱっと見ただけで他の建物と違うのです。
建築を見慣れている人ならすぐにその違いに気づくでしょう。建物は二方向角地に建っており、バルコニーはすべて一目で見渡せるのですが、どこにもエアコンの室外機、給湯器がないのです。もっとよく見ると雨樋すらありません。外から見た時に一目で差が分かるよう、工法から始まり、細部に至るまで配慮を重ねて作られているのです。
「バルコニーは室外機、給湯器をすべて建物奥側に配するという画期的な造りになっています。リビングと連続して一体として使えるようフラットに、しかも外壁、隔て壁を同じ色合い、室内の床とも同じ素材で仕上げてあり、奥行きは2m近くある『使えるバルコニー』。ガラスの手すりは下でガラスを固定し、柱等が無くても自立するタイプで、これまでの賃貸では見たことがないはずです。
それ以外でも建物全体でこれまでにない工夫を凝らしています。雨樋がないのは見えないように外に回していないから。それ以外でざっと他では見ない点を挙げると、建物の躯体部分を1か所にまとめて配し、設備等の更新がしやすく、間取りの変更を容易にしてあります。当然、梁も室内に出ておらず、すっきり。次の世代にも安心して使い続けられるよう、集合住宅では一般的な耐震等級1ではなく、耐震等級2相当の耐震性を獲得しています」と横山氏。
オーナーの麻布十番に貢献、次世代に伝える建物というコンセプトに向けて設計、施工サイドも技術を駆使、要望に応える工夫を重ねてきているのです。
工夫は建物全体といった大きな点から室内の細部にまで及んでいます。しかも、挙げはじめるときりがないほどの配慮が散りばめられているのです。
たとえば、室内から外を見た時に誰もが驚くであろうことは庇が斜めに取られている点。これは庇が空を遮らないための工夫で、その結果、室内から望む空はとても広く、開放的になります。The Jubanではそもそも天井高が上層2階で2.86m、それ以外の階でも2.76mと高く取られており、その開口部をフルに生かすハイサッシが入っているのですが、そこに加えての工夫です。どれだけ空が広いか、実際に行ってみると驚くはずです。
空を見上げたところで天井に設置された照明にも注目したいところ。ライティングダクトにスポットライトが設置されており、調光機能も備えています。水回りでは色を変えられるようになっていますし、場所によってダウンライト、間接照明とその場にふさわしい照明が用意されています。
室内上部ではエアコンにもこだわりがあります。壁掛け式はスタイリッシュではありませんし、2~10階は天井を打ちっぱなしにしていることから天井カセット式もそぐいません。そこで、キッチンの上などにビルドインする形で設置されており、壁掛け式を利用している部屋でもルーバーを使ってビルドインに見えるように工夫。もちろん、能力も実際の広さ以上に余裕を持った品が用意されているそうです。
エアコンではもうひとつ、他の物件ではほぼ見ない場所への設置もあります。それが上層の2フロアにある2LDKの洗面室です。
「設備については基本ケン・コーポレーションさんにお任せでしたが、ひとつ、要望したのは都心と郊外で地価が違うからという理由だけで同じ設備、仕様の部屋の賃料が高額になることには疑問がある、高額を払うに値する設備、仕様が必要ではないかということです。そこでどうしてもと要望したのは洗面所のエアコンです。普通に一部屋分の広さがあるスペースですが、分譲でもエアコンは付いていません。ですが集合住宅の密閉空間で快適に暮らすためには必要と実感がありました」。(オーナー)
前例のないことに最初は戸惑ったという西川氏ですが、この意見が今後の高額賃貸のノウハウになる、生活者の意見として大事と考え、着工後だったが建設サイドに設置を要望したそうです。
The Jubanの現場では毎週木曜日に定例会議が開かれ、詳細に至るまでを一緒になって決めていっており、エアコン設置もそこで話し合われました。蛇口、ドアノブなど細かいものも含め、一緒にサンプルを見たり、ショールーム見学に行くなどしてひとつずつ検討していったそうで、大成建設がそのために描いたパースは300~400枚に及ぶとか。そうした検討の成果が見学時の驚きに繋がっているわけです。
それ以外で他では見ない設備、工夫の一部をざっと挙げておきましょう。ひとつはピクチャーレール。間取りによっては廊下にも配されています。また、コンセントも一室内に複数用意されており、住む人はどこでも好きなところに家電類を配することができます。ロボット掃除機を使う人が増えていることに配慮、ちょうどその位置にもあるほどです。
床暖房が単身者向けの間取りにも配されているのもあまり聞きませんし、キッチンや玄関収納の中に引き出しが仕込まれているのも便利です。冷蔵庫置き場に置き場サイズより小さな冷蔵庫を置いた際に壁との間に隙間ができないような配慮があるのも初めて見ました。
ここまで建物の工夫を中心に解説をしてきましたが、The Jubanで特筆すべきはこうした建物のクオリティと賃貸住宅としてのグレードが融和、高めあっている点です。例えば間取り。元々のプランでは麻布十番に多い、シンプルな1Kが中心となったものだったそうです。
「麻布十番は人気、住宅ニーズ、利便性ともに高い街ですが、都心の下町というイメージがあり、これまで賃貸住宅で供給の中心となっていたのは一般のビジネスマンが借りやすい20~25㎡のワンルームでした。ですが、The Jubanでは高層階にこれまでの麻布十番では得られなかったような善福寺の緑、富士山までを望む眺望があり、より高額層を誘致できると考えました。
そのための検討にあたって大事にしたのは賃貸と分譲の違いです。賃貸住宅を探す人はインターネット上で5~10物件を見た上で、必ず現地を見て決めます。分譲では完成前に購入を決める人が多いことを考えると、これは大きな違いです。
また、賃貸住宅は長期で運用するものであることから、10年後、20年後にも変わらない価値が求められます。住宅において不変な価値は明るさや天井の高さなど、後からは変えられない部分。この2点から考えると、設備も大事ではありますが、もっとも勝負すべきは空間の質ということになります」と西川氏。
それがバルコニーや天井の高さ、梁の出ない空間などに具現化されており、さらに間取りも周辺の一般的なタイプとは一味違うものになっています。現状の麻布十番の賃貸住宅は広くても60㎡程度というのに対し、The Juban上層2フロアの4戸は110㎡を越す2LDK。2階から10階に配される1K、1LDKは狭いものでも31㎡~となっており、一線を画すという言葉通り。
加えて実際に部屋を見学させていただくと、玄関を開けた瞬間の空間の広がりは一般的な細長い単身者向けの住宅とは全く違います。間口の広さは高額物件のグレードを左右するのです。また、細長いワンルームの場合にはベッドはここにしか置けないと間取りからインテリアが規定されがちですが、The Jubanの場合にはレイアウトはその人次第。奥行き、幅やコンセント位置などに工夫があり、部屋は効率的にではなく、使いやすさを優先して作られているのです。
「ワンルームは若い単身者が住むと思われていますが、都心であればセカンドハウスとして借りる人もいらっしゃり、そうした目の肥えた方々に満足いただくためには見た目だけではない、本質的なゆとり、空間の贅が必要になります。単にバストイレを別にすれば高級賃貸というのではないのです」(西川氏)。
6月初旬の時点で建物の姿は外から見えるようになっており、立ち止まって見上げる人の姿もちらほら。中には現場の職人たちに価格を聞く人もいらっしゃるとか。「分譲物件と勘違いされている方が少なくないようです」と横山氏。現場に掲出された看板からケン・コーポレーションへの問い合わせも増え始めており、「寄せられる関心の高さを感じます」と西川氏。
工事はしばらく続き、まだ塀に隠され、外に見えていない1階部分には庇の下に店舗が並び、その傍らには小道を入るように住居エントランスが設けられる予定。「茶室への路地のような、飛び石を思わせる意匠の通路を作り、別世界へいざなうような風情のエントランスを考えています。当初の計画では木の肌を生かした隔て壁になるはずを墨を思わせるジェットブラックに変えたこともあり、全体としてどことなく和を思わせるテイストの、麻布十番らしい姿に仕上がっていますが、1階はそれを極めた形になります」(横山氏)。
年が改まってから完成した室内を見たというオーナー。感動はあったものの、同時に「まだ、これからと身が引き締まる思いがしました」とも。
竣工は間近ではあるものの、賃貸住宅は建物の完成が終わりではなく、そこからが始まり。きちんと建つのかはもちろん、きちんと入居者が決まるのか、選ばれ続けるのか、さらには街に愛されるのか。不動産経営者の懸念は深く、長くこれからも続きます。
ただ、所有者としての悩みには代われないものの、不動産会社の仕事はそれをチームでサポートし、解決のために支え続けること。「これから住居、店舗の賃貸条件を検討して募集を始めることになりますが、リーシングのみならず、管理その他でThe Jubanにはこれからもずっと関わり続けます。せっかくの良い建物を生かすためにも長期的な視点で取り組みます」と西川氏。資産維持は良いチームからというわけです。
東京情報堂代表。街選びのプロとして首都圏のほとんどの街を踏破した、住まいと街の解説者。早稲田大学教育学部で地理・歴史を学び、卒業後は東洋経済、ホームプレス、東京人その他の紙、ウェブ媒体で編集者、ライターとして記事、書籍等を手がけており、主な著書に「この街に住んではいけない」(マガジンハウス)、「解決!空き家問題」「東京格差」(ちくま新書)その他著書、かかわった本多数。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会会員。宅地建物取引士、行政書士有資格者。
入社以来、高級賃貸住宅の新築・リノベーションの企画コンサルティング及び不動産開発事業のプロジェクトマネジメントなどに携わっております。
掲載中の物件名・プロジェクト名・駅名・社員の所属などの情報は2021年7月現在のものです。